投稿

1月, 2026の投稿を表示しています

ネット口コミ文化の現代で、ブラック労働隠しは無理ゲー

イメージ
  入社前に情報収集、くちコミもチェック「ブラック企業に入らないために気をつけたこと」とは|よろず〜ニュース  すっかり浸透した「ブラック企業」という言葉。転職や就職で企業を選ぶ際には「ブラック企業を避けたい」という気持ちで活動する yorozoonews.jp 序章|ブラック労働はもう隠し切れない 数千円の家電を買うときですら、生活者は口コミを見る。 一泊数万円の旅館も、病院選びでさえ同じだ。 「合わなければ変える」前提で検索し、レビューを読むのは、もはや生活習慣と言っていい。 それにもかかわらず、毎日8時間・年250日を過ごし、数年で数百万円単位の差が出かねない 「就職する会社」だけは調べない ──そんな前提で採用を考えている企業が、いまだに存在する。 この時点で、認識が時代からズレている。 本稿のテーマは明確だ。 ブラック労働は、もう「隠せるかどうか」の問題ではない。 それでも不正・不法な雇用をやめられないのはなぜか。 道徳論ではなく、ビジネスの問題として整理していく。 第1章|ブラック労働が今も存在している事実 まず、「ブラック労働は過去の話」という幻想を捨てる必要がある。 以下はすべて、公的機関が公表しているデータだ。 ブラック労働に関連する主な統計(整理) 重要なのは、これらが 「公的機関に駆け込んだ結果」だけ を集めた数字だという点だ。 会社と揉めるリスクを引き受け、時間と精神的負担をかけてもなお声を上げた人の数である。 企業側から見れば、はっきりしている。 これは「うまく搾取できた数」ではなく、 「隠すことに失敗した数」だ。 ブラック労働が存在するかどうかを議論する段階は終わっている。 問うべきなのは、 この状況でもなお、ごまかせると思っている理由 である。 第2章|口コミ社会で、内部情報隠しは無理ゲーである 生活者の行動は一貫している。 小さな買い物でも口コミを見て、大きな選択であればあるほど慎重になる。 就職は最重度の意思決定だ。 長期間拘束される 収入・健康・キャリアに直結する やり直しのコストが高い この条件で「堅実な労働者が情報収集しない」と考えるほうが無理がある。 1件の口コミなら企業は否定できる。 だが、 時期や部署が違う投稿が似た内容で積み上がる と状況は変わる。 恒常的な長時間労働 休みづらい職場文化 面接と現場の乖離 同じ...

属人的で、無味無臭の人事しか行えない会社に、成長など無い。

イメージ
  序章|なぜ「ゴマすり人材」が上にいるのか どの会社にも「ゴマすり上司」がいる。目上の役職者の前では腰が低く、言葉は丁寧で、反応も早い。ところが同僚や部下の前では急に態度が変わる。見下す。命令する。責任を押し付ける。空気が悪くなる。 それでも、なぜか評価される。なぜか出世していく。 敢えて言おう。 「持ち上げられると気持ちよくなる」のは、生物学的・進化心理学的に”ほぼ仕様”なのだ。 特に日本は、文化人類学的にも、ムラ文化、島国文化、あるいは稲作文化としても、その傾向が強くなる。 日本の会社において、「ゴマすり」は確実に起こりやすいエラーと言えよう。 しかし、起こりやすいからそれを放置しておいて良い、ということではもちろんない。 問題は、 組織の評価構造が、それを許しているということだ。 上司の視界にだけ“良い顔”を出せば勝てる設計。下からの評価が上がらない設計。周囲の摩擦が可視化されない設計。 こういう組織では、 ゴマすりは戦略になる。 問題は個人だけのものではない。人事システムにある。 第1章|「ゴマすり」が合理的になってしまう評価構造 ゴマすりが蔓延する職場には、ほぼ例外なく共通点がある。 人事評価が「上司の専属」である ということだ。上司の主観が強く、情報源が偏り、反証が入りにくい。 この条件が揃うと、部下側の最適戦略はシンプルに二択になる。 成果を積み上げる(時間がかかる/不確実) 上司の印象を固める(即効性/再現性が高い) 合理的に考えて、後者が勝つ。しかも印象操作は能力の高低に関係なく実行できる。言い換えれば、 誰でも勝ち筋に乗れる。「上司を一本釣り」すれば良いのだ。 「上司を気持ちよくさせるサラリーマンスキル」は短期的に見れば組織内で強い。 会議で相槌が早い。上司の発言を先回りして補足する。飲み会で持ち上げる。批判をせず追随する。 これらは仕事を進めているように見え、上司の自己像も守れる。 本人単位で言えば合理的だ。 第2章|ゴマすりとハラスメントは同じ構造をしている ゴマすりは「上に媚びる行為」と理解されがちだが、組織全体で見ると本質は逆にある。 上に媚びた人は、下にも媚びさせる。 自分が受けてきた対応を、権限を持った瞬間に部下へ再演させる。 意見を言わせない。空気を読ませる。逆らう者を排除する。 これはハラスメントの構造と重なる。上には従...

アイデアレスで外国人労働力に頼るだけのコンビニなら要らない

イメージ
  移民と社会:「排外主義は怖い」 外国人規制強化、コンビニ大手首脳が抱く危機感 | 毎日新聞 序章|アイデアレスのコンビニなら要らない 「外国人がいないと店が回らない」「排外主義は怖い」。 最近のコンビニ業界の発信を見て、率直に言えば情けなく感じる。 日本の代表業態のひとつであるコンビニが、何を泣き言ばかりを言っているのかと。 本来の論点は“排外か共生か”ではない。 効率業態の最先端であるはずのコンビニが、最初に出す答えが「人を増やしてくれ」になっていること自体が問題 なのだ。 コンビニは、小さな売場・少人数運営・高回転という、極めて設計依存度の高い業態である。だからこそ、かつては「人を足す」のではなく、「仕組みを変えて人を減らす」ことで進化してきた。 人手不足は衰退の兆候ではない。 設計を更新せよという警告 だ。 それを無視して現状維持を求め、外国人労働力確保へ短絡するなら、それはもはや挑戦者の産業ではない。 アイデアを捨てたコンビニを、私たち消費者は求めていない。 第1章|コンビニは「新しい仕組み」を作ってきた業態だった コンビニの本質は、商品はもちろんのこと、その 業務の回し方 にある。 コンビニが生んだ主な革新 要するにコンビニは、 “人の手間を客商売から削る装置” として進化してきた。多くの業務を少ない人数で回す。 スーパーなどと比べて多少の売価の高さも、消費者はコンビニのアイデアによる利便性を優先して受け入れてきた。 だからこそ、いま コンビニが人手不足を理由に、何のアイデアも無く「人を増やす」というのは、自己否定に見える。 第2章|なぜコンビニは「考えなくなった」のか 問題は単純だ。 増やした業務を減らせなくなった のである。 取扱サービスは膨張 例外処理が増殖 しかし客には負担を求められない空気 結果、人を貼り付けるしかない設計 重要なのは、人手不足は原因ではなく結果だという点だ。 設計を変えない限り、人を入れても「足りない」は続く。 この延長線上に、外国人労働力を 便利な補填材 として扱う発想が生まれる。しかし安価な労働力に依存した産業は、必ず競争力を失う。 人が来ないなら、 来ない前提で作り直すべき なのだ。 それが本来の合理であり、かつてのコンビニはそれをやっていた。 第3章|効率化は冷たいのか──客はすでに順応している 「セルフ化は...