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中小企業は採用市場で自らがJ1チームで無いことを知れ

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  広がる「アルムナイ採用」 これが人不足解消の決め手か? 成功する「出戻り社員」の迎え方とは?  #エキスパートトピ   序章|大企業ほどアルムナイ採用を強化している不思議 人手不足が深刻だ、採れない、集まらない——そう言われる時代に、アルムナイ採用(出戻り・再入社制度)などを整備し、 強化しているのは主に大企業 だ。ここにまず違和感がある。 大企業は、正直なところ「大した努力をしなくても若い人が集まる」側だ。 知名度、安定、福利厚生、そして親が安心するという社会的信用。友達に話しやすい、結婚しやすい、住宅ローンが通りやすい——数字では測りにくいが、 確実に存在する“空気”が味方する。 中小企業では簡単に得られない条件である。 その“採用強者”が、若手だけでなく経験者の採用ルートまで整備している。タレントプール、リファラル、そしてアルムナイ。入口を複線化し、「人材を取りこぼさない仕組み」を構築している。 そもそも人が集まる会社が、さらに人を集める。この集中構造が今の日本だ。 一方、 本来いちばん人材確保に苦しむはずの中小企業こそ経験者を厚くすべきなのに、現実は逆だ。 中小企業ほど若手を欲しがり、無理な若手争奪戦に参加してしまう。 勝てない戦いを同じ土俵で続け、採用は運任せになる。 はっきり言ってしまおう。それは分不相応である。 中小企業はJ1チームではない。だから戦い方を変える必要がある。 第1章|「若手が欲しい」は正しいが、勝てない 若手の人材が欲しい。これは自然だ。伸びしろがあり、吸収が早く、将来の中核になり得る。否定することはできない。 だが問題は主戦場の設定だ。 中小が「若手獲得」を中心戦略に据えると、大手と比べて構造的に不利な要素が多すぎる。 給与は体力勝負になりやすい。福利厚生は維持コストが重い。知名度はすぐには上がらない。採用広報は継続投資が必要だ。 さらに若手の意思決定には、数字に出ない圧力がある。 ・親の安心や、友人間での 世間体 ・将来の転職市場での「 箔 」 ・「大企業で修行」という 肩書 これらは理念や思いだけで覆せるものではない。 特に、経験の浅い若手に対してほど、ブランドの影響は強い。 中小企業は若手を取るなと言っているのではない。 若手獲得“だけ”を勝ち筋にするな、ということ だ。 大企業と同じ市場で同じ層...

70歳現役を免罪符にして中高年実質使い棄てを正当化するな

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  「65歳定年」は通過点――70代現役が当たり前になる…高年齢者雇用統計が映し出す、日本企業の“静かな人材転換” | ゴールドオンライン 高年齢者雇用を巡る議論は、長らく「65歳まで働けるかどうか」が焦点とされてきた。しかし、厚生労働省の最新統計が示しているの gentosha-go.com 序章|「70歳現役」というスローガンの違和感 「70歳まで働ける社会へ」 。 この言葉は、少子高齢化や年金財政の問題を背景に、疑問を差し挟みにくい“善”として語られている。就業年齢の延伸は合理的にも見えるし、企業も制度整備を進めている。 しかし、ここでは敢えて問いたい。 本当に優先すべき政策は「70歳現役化」なのか。 高齢者を否定する意図はない。極論、能力があるなら何歳でもよい。 だが 社会全体の資源配分として見たとき、順序は適切だろうか。 高齢就業を拡張する前に、活かしきれていない世代はないのか。 50代・60代という現役中核世代の活用は最適化されているだろうか。 この問いが抜け落ちたままなら、スローガンは現実から乖離する。 第1章|政策の目的と手段を取り違えていないか 政府が70歳現役化を進める目的は明確だ。 ・労働力人口の維持 ・社会保障財政の安定化 ・年金制度の持続可能性確保 70歳継続雇用は上記目的達成のために政府が考えた「手段」である。 労働者保護そのものが主目的なのではない。 本来検討すべきは、どの年齢帯をどう活用すれば最も安定した生産性を確保できるかだ。 5 0代・60代前半は、経験と判断力が成熟し、なお体力も一定水準にある。 多くの職種で“最適能力帯”に近い。 この層を最大化せず、70歳という出口年齢だけ延ばすのは順序が逆だ。 屋台骨を強化せずに天井を高くするようなものである。 第2章|「70歳社会」は本当に現実的か 年齢で一律否定すべきではない。80歳でも例外的に優れた能力を保持しているケースはある。 だが 社会設計は例外ではなく中央値で考えるべき だ。 現実問題として、70代以降は、健康リスク上昇、個体差拡大、安定性低下が平均的傾向として存在する。 ■ 70代以上の雇用継続に関する主な傾向 このようなデータを見たときに、広範に70代を現役層と想定する社会は、本当に安定構造と言えるのか。 むしろ逆だ。 50代・60代を最大活用し、70代は「働く自由...

リーダーに求められるのはAI的エラーマネジメント

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  優れたリーダーがやっている、信頼を爆上げする「訂正」の技術 2万人をみてきた組織開発コンサルタント・勅使川原真衣氏の著書『組織の違和感 結局、リーダーは何を変えればいいのか?』がつい diamond.jp 序章|「訂正できるリーダー」は“いい人”ではなく、プロである 「ごめん、いまの判断は違った。修正しよう。」 この一言は、チームの信頼を一段引き上げる。 元記事が語った「リーダーの人間性」や「訂正のし合いとしてのコミュニケーション」にも確かに価値はある。 だが、ここでは情緒の称賛にとどめない。職場の現実はもっと冷静だからだ。 敢えて言おう。 リーダーの訂正は「優しさ」ではなく「合理性」な解である。 訂正しないことは感情問題ではなく、業務上の損失なのだ。 仕事は自己表現ではない。 期限・品質・コストという制約の中で仕事の成果を完成させる営みである。 そしてリーダーの役割は、仕事の完成を高いレベルで実現することだ。 誤りを認めず長引かせる行為は、仕事の完成を遠ざけ、あるいは完成度を下げてしまう。 前提として、リーダーであっても間違えないことはありえない。 「間違えにくさ」は求められるが、“約束された正解”など存在しない。 リーダーに求められるのは、誤らないことではない。 誤りが起きたときそれを最速で回収し、再設計へ変換できるかどうか。 これは信頼以前に、 優先順位の問題 である。 第1章|優秀なリーダーは合理的に完成を求める 優秀なリーダーとは何か。 可能な限り早く 可能な限り高い精度で 精度を損なわない範囲で可能な限り低コストで 仕事を完成させる つまり、 完成を最終目的として、合理的な手段を選択できること が、優秀なリーダーの条件だ。 この基準で見れば、 誤りを認めない態度は非効率と断罪できる。 エラーを抱えたまま進めば、後工程で手戻りが増え、総工数が膨らむのだ。 さらに問題なのは、リーダー自身の面子維持のために工程が延びることだ。 仕事より自我を優先する状態は、プロとしての姿勢ではなく、許容できないものだ。 リーダーの権限は自己防衛のためではなく、成果最大化のために与えられているからだ。 第2章|誤りは「負のデータ」でしかない 誤りは「負」である。できれば無いほうが良い。 しかし、起きた誤りは「失点」ではない。 「負のデータ」 に過ぎないのだ。それ以上...