「残業」を評価する管理職が、日本の企業を腐らせ続けている
はじめに──"長く働く人"が評価される不健全な職場
定時で帰る人を見て、「あいつはやる気がない」と言い、毎晩遅くまで残っている人に「よく頑張っているな」と声をかける。そんな職場は、今も日本中に存在している。だが、私たちはそろそろ気づかなくてはならない。
残業とは、「努力の証」ではなく「何かが足りない」ことの表れである。
段取りか、判断力か、業務設計か──理由は様々だが、いずれにせよ“定時内に終わらない”という事実そのものが、その人や組織の課題を浮かび上がらせている。
ところが日本企業では、いまだに「残業=真面目」「長時間労働=忠誠心」という価値観が根強く残っている。そして、それを温存しているのが、“時間でしか人を評価できない”管理職たちである。
残業の三類型──すべては「未熟さ」の表れ
タイプ原因の性質本人の責任管理職の責任能力不足型段取り、判断、実行力の欠如大中金銭依存型残業代ありきの生活設計大小(啓発は必要)空気屈服型帰れない職場の雰囲気中大
能力不足型──スキルが追いついていない
仕事を時間内に終わらせられないのは、優先順位、タスク管理、集中力などのどこかに課題がある証拠だ。全てが本人の責任とは言わないが、「終わらない」という結果は、何らかの能力の欠如と向き合うべきサインである。
金銭依存型──時間の切り売りに頼る働き方
残業代がなければ生活できない。この状況は本人にとって切実だが、同時に生活設計やキャリア構築の甘さも示している。時間を切り売りする働き方に未来はない。
空気屈服型──最も愚かで根深い問題
終わっているのに帰れない。「上司が残っているから」「同僚がいるから」──理由はただの空気。この残業が常態化すると、次世代にも受け継がれ、組織は形だけを守る“時間信仰の文化”に染まっていく。
管理職の能力不足が温存する“時間評価”
残業が「努力」と誤解される背景には、成果で評価できない管理職の存在がある。能力があるかを測れず、任せる勇気もなく、責任も取りたくない。結果として、「見えるもの(=時間)」だけで評価する。
「長く働いている」=「やる気がある」「忠誠心が高い」
この歪んだ評価軸が、早く帰る社員を冷遇し、長く残る社員を「安心な部下」として重宝する空気をつくる。
評価力の欠如が生む悪循環
部下の成果が見えない
↓
成果を見るスキルがない(=評価力の欠如)
↓
時間で測るしかない
↓
長時間労働を“従順”として評価
↓
優秀な人材が離職する
↓
「時間だけ長くいる人」が残る
↓
管理職がさらに楽を覚える
↓
組織が腐る
管理職の理想像──片山善博氏の例に学ぶ
元官僚の片山善博氏は、国会対応の無意味な待機業務を、スキルと責任をもって打ち切った。
「今夜は必要ない」と判断する予測力
「もしもの時は自分がやる」と責任を取る姿勢
結果、実害ゼロという成果
これこそが、本物の管理職である。時間でなく、判断と責任と成果で人を導く。その姿勢が、部下の業務・時間・健康を守る真の「マネジメント」と言える。
結論──「残業を評価する職場」は人材の墓場となる
残業をしている人を評価し続ける職場は、いずれ成果より“滞在時間”が支配する空間になる。そこにとどまるのは、考える力を持たず、空気に従うことだけが美徳とされる人材ばかりだ。
そうならないために、今必要なのは──
時間ではなく成果で評価する文化
空気ではなく行動を見る視点
早く帰ることを推奨できる上司の勇気
「残業しているから偉い」「長く残っているから安心」──この幻想を壊さない限り、日本企業の生産性も、未来も、改善はない。
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「残業」を評価する管理職が、日本の企業を腐らせ続けている(2025.6.18)
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