「現状維持おじさん」は経営者が責任をもって排除しろ!

新しい提案や改革を進めようとするたびに現れるのが、「現状維持おじさん」だ。変化を拒み、前例にしがみつくその姿勢は、時に保守ではなく“自己保身”の表れだ。

だが、本当に問題なのは彼らが存在することではなく、なぜ意思決定に関与できてしまうのかという構造だ。そして、それを放置する経営層のビジョン不在こそが、組織停滞の最大要因である。


経営とは「選別」である

経営の第一義は、「この会社をどこへ導くのか」を明示することだ。そのビジョンに基づき、人事と予算、意思決定の設計がなされてこそ、組織は機能する。

ビジョンに共鳴する者が残り、そうでない者は外れる──それが自然な組織の代謝である。

そして、整合しない者を意思決定から外すことは冷酷ではなく、経営者の当然の責任だ。


「現状維持おじさん」はなぜ影響力を持つのか

  • 「○○部長は嫌う」など空気を理由に反対

  • 自らの意見は語らず、責任も取らない

  • 社内政治に乗じて改革を遅らせる

これが通用してしまうのは、経営側が明確な方針を示していないからだ。曖昧なトップは、結果として「変えないことが安全」という空気を助長する。


欧米型経営との比較

観点欧米的経営日本的経営(旧来型)経営者の役割ビジョンと整合の設計者現場の調整役、空気の媒介者人事の考え方価値観と方向性に基づく選抜年功・慣例・人間関係重視意思決定の原理Whyに基づいた整合前例踏襲と玉虫色の妥協成果の評価軸再現性とスケーラビリティ偶然の成功も歓迎

偶然の成功に頼る経営は、経営ではなく博打である。


排除は冷酷ではない──整合性の設計である

整合しない人材を意思決定の外に置くためには:

  • 評価制度:ビジョンに沿う人材を正当に評価

  • 人事配置:戦略と整合しない人物を要職に置かない

  • 会議体構成:最終判断は整合する人材の手に

これらを明確にすることで、発言の自由は保ちながらも、意思決定の質と一貫性を確保することができる。


「去る自由」もまた健全な多様性

経営ビジョンと合わない人材が離れていくことを、ネガティブに捉える必要はない。むしろ、自らの価値観に合う場を求めて移動するのは、多様性の一部であり、組織の健全性を保つ自然な流れである。


結論:「排除できない経営」は経営ではない

“現状維持おじさん”が力を持つのは、彼らが悪いのではなく、排除できない組織構造を放置している経営の責任である。

  • ビジョンを語る

  • 予算と人事で示す

  • 整合しない人物を排除する

これを実行して初めて、経営は「決断」から「選別」へと昇華する。そこに冷酷さはない。ただ、企業の進化を止めない覚悟があるのみだ。

詳しく読む↓
「現状維持おじさん」問題は経営の責任だ(2025.6.4)

他にも読む↓
ルール無視で勝つ企業を社会的制裁で包囲して淘汰すべきだ(2025.6.2)
OJTという“型なき教育”が若者離職を生む構造(2025.5.30)

 

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