評価すべきは評価すべき。それが若年であろうと中高年であろうとも
序章|「新卒1年目に年収1500万円」はメディアのミスリーディングだ
「新卒1年目に年収1500万円」──この元記事のタイトルは、とてもセンセーショナルだ。
「新卒偏重もここまで来た」「初任給バブルだ」「日本の雇用が壊れている」。だが、それは実態の理解というより、メディアの見出しに踊らされている。
元記事を落ち着いて読むと、企業が評価しているのは“新卒”ではない。企業が求めているのは、その職務を回せるだけの完成度である。たまたま、その保持者が学生だった。だから報酬が跳ねた。
むしろこれは、ジョブ型が本来やりたかった「職務と能力に値札を付ける」を、入口(採用)側で実現した例だ。
ところが同じ「ジョブ型」という言葉が、別の現場では逆方向に使われた例もある。2023年、オリンパスの子会社で、ジョブ型雇用を旗頭に、特定年代に偏った大量降格が表面化した。
同じ言葉なのに、片方は“適正な高報酬”、もう片方は“疑似リストラ”。
まだまだジョブ型が正しく運用されていないことが、今の日本の課題だ。
そこで本稿は、正しいジョブ型と悪用のジョブ型を比較していく。

第1章|「新卒1500万円」の正体は年齢評価ではない
「若い新卒を採りたいから、初任給を30万円出す」──昨今こうした企業が増えた。社会においても、自社においても何の実績もない人材に対してだ。大変に盲目的で、投機的である。
一方、元記事の件で高額オファーの対象になっているのは、典型的な「22歳・大学新卒・未経験」ではない。院での研究、長期インターンでの実務成果、海外経験、英語、AI・M&A・金融分析などの専門性。いずれも、同じ能力を中途市場で調達しようとすれば、年収は高騰し、競合企業との奪い合いになる領域なのだ。
件の企業側のロジックは、明確だ。
欲しいのは「新卒」ではなく「この職務を前に進められる人」
同等の能力を中途で採るなら、さらに高く付く
ならば、学生段階で成立している人材を“前倒しで確保”した方が合理的
ここで報酬が高いのは、若者礼賛の結果ではない。ジョブの価値を評価している。
新卒で1500万円は派手だが、本質は「新卒の高額化」ではなく、採用が“属性”から“市場価値”へ移動したという一点に尽きる。
第2章|投資合理性としてのジョブ型
「それでも、企業は若いほうが好きなのでは?」という疑いは残る。結論から言えば、若いほうが好まれる局面は確かにある。
だが、それは主語を取り違えない限り、合理性の範囲に収まる。
同じ能力・同じ職務適合が担保されるなら、若いほうが回収期間が長い。学習も配置転換も効く。時間という資源が大きい。
これは差別ではなく投資判断だ。
ただし評価する順序は以下であるべきだ。
Jobがある(やるべき仕事が定義されている)
そのJobを回せる能力がある
その人が若い(たまたま新卒だった)
この順序が守られている限り、「新卒1500万円」は雇用崩壊ではなく、ジョブ型の入口側の成功例になる。
問題は、順序を逆にしたとき──年齢を、ジョブ達成能力より上に評価基準として置いたときに始まる。
第3章|ジョブ型が“悪用”された現場──オリンパスマーケティングの大量降格
2023年、オリンパスマーケティングでジョブ型移行後に大量降格・減給が起きたと報じられた。
ここで重要なのは、ジョブ型という言葉の是非ではない。そもそも運用が、ジョブ型の最低条件を満たしていない点だ。
報道で指摘された論点を、制度の観点で言い直せばこうなる。
職務が定義されていない(職務記述書がない)
評価基準・降格理由が説明できない
「原則維持」と説明しつつ、実態は“降格ありき”に見える
上司が「聞いていないので分からない」と答えるほど、現場理解がない
ジョブ型とは、恣意を減らすために「言語化」を強制する仕組みだ。
それをせずに、降格・減給だけが先に来るなら、制度ではなく暴力になる。ジョブ型の名を借りた人事権の濫用と言われても仕方がない。
第4章|年齢が偏った瞬間に、“ジョブ型”は詭弁になる
オリンパス子会社では、ジョブ型導入に伴い、40〜50代の中堅社員約200人が人事上の等級で大幅降格された。
もし本当に能力・職務適合で評価しているなら、対象は世代をまたいで自然に分散する。20代にも弱い人はいるし、50代にも強い人はいる。評価とは分散が起きるものだ。
にもかかわらず、特定の年代、たとえば40〜50代に集中するなら、能力ではなく、年齢を基準として使っている可能性が高い。
さらに言えば、40〜50代が就職氷河期世代に当たり、母数が若手より少ないはずにも関わらず、降格が“集中して”いるのは、偶然では説明しにくい。
この現状は外形的には、どうしてもこう見えてしまう。
解雇が難しい → 降格・減給で居心地を悪くする → 退職誘導
→ その正当化ラベルとして「ジョブ型」を掲げる
もちろん能力の陳腐化、自社ニーズにフィットしなくなるということはある。ジョブ型であることを100%「解雇・降格理由にするな」と言い切るのは難しいだろう。
だが、正しいジョブ型なら扱いはこうなる。
まずJobを再定義する(何が必要になったかを明確化)
移行期間と到達基準を設計する
リスキリング・再配置の選択肢を用意する
それでも合わなければ、合意のある配置転換や転職支援へ
つまり陳腐化は、個人の人格や年齢の問題ではなく、事業と職務の変化として扱うべきだ。
年齢偏重の一斉降格は、陳腐化対応ではなく、コスト調整にしか見えない。
だから、オリンパス子会社の「ジョブ型」は言葉だけであり、本質的なジョブ型ではない。
第5章|分水嶺は「採用理由」か「排除理由」か
ジョブ型は本来、「なぜ採用するのか」「なぜ雇用するのか」を説明するための制度だ。
オリンパス子会社の事例のように、なぜ追い出すのかの言い訳にした瞬間、それは悪用になる。
正しいジョブ型と悪用されたジョブ型の比較

同じ「ジョブ型」という言葉でも、思想は真逆だ。
制度そのものより、運用者の倫理と設計責任が問われている。
第6章|正しいジョブ型の要点──賃金は「Job」の評価
正しいジョブ型は、残酷なほど明快だ。
年齢ではなく能力で見る
Jobを先に定義する
賃金はJobに対して支払われる
昇給は年功ではなく、Jobのステップアップで起きる
だから「新卒1500万円」も、若いから高いのではない。そのJobを回せる能力がすでにあり、企業側がその能力を求めているから高い。
逆に、能力が陳腐化しJobに合わなくなれば、降格や契約終了が起きる可能性もある。
だが、そのときこそ「人材スライド」が行われる。
企業Aで不要になった人材が、企業Bで必要とされる。移転が増えれば、知見と技術は社会の隅々へ広がる。人材が動くことで、日本全体が効率化する。
ジョブ型の効用は、会社の都合のためだけにあるのではない。
終章|ジョブ型は、人を見る制度である
ジョブ型は、人を切る制度ではない。人を正確に見る制度だ。
正しく機能すれば、「新卒1500万円」は雇用崩壊ではなく、能力に値札を付ける健全な変化になる。
一方で、年齢に偏った大量降格をジョブ型と呼ぶなら、それは制度ではなく雇用側の暴力になる。
ジョブ型とは、人を選ぶための制度であって、人を切るための制度ではない。
今、日本で起きている問題はジョブ型という制度に問題があるのではなく、ジョブ型を“都合よく使いたがる組織”が問題なのだ。
日本の雇用の未来は、この正しい運用次第で決まる。
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「新卒1500万円」とオリンパス子会社のジョブ型解雇は真逆だ(2026.2.3)
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