新卒が長期人材=ワン・クラブ・マンになるなんて幻想だ
序章|5月に消えた「期待の新人」――問われているのは誰か
入社式では誰よりも目を輝かせていた「期待の新人」ーーそれがGW明けに、退職代行サービス経由で辞表を送りつけてくる。
上司は本人と一度も話せないまま、その新人を失ってしまう。
退職代行サービス「モームリ」の2025年度データでは、新卒の4月利用者が前年比約2倍の487人に急増したそうだ。厚生労働省のデータでも、大卒新入社員の1年目離職率は10.9%。約10人に1人が、1年もたずに去っている。
「まさか、あの子が」を繰り返さないためにも、マネジメント層は「若者の問題」という考えをゴミ箱に棄てるべきだ。
構造として既に何かが変わっている。そう問い直すことから始めたい。

第一章|「3年耐える」は既に幻想になった
「とりあえず3年は働け」という言葉は、既に崩れている。
Job総研の調査では、社会人の94.3%が「退職への心理的ハードルが下がっている」と回答している。退職代行を使えば上司と一言も交わさずに退職が完了する時代だ。
マイナビの調査によれば社会人1年目の約7割がすでに転職の意向を持っているという。
そこに輪をかけているのが、SNSによる「比較の加速」だ。X(旧Twitter)やInstagramを開けば、「入社1ヶ月でプロジェクトを任された」「年収が上がった」という同世代の投稿が日常的に目に入る。
パーソル総合研究所の調査では、入社後にリアリティーショックを感じた新入社員は76.6%にのぼる。その約8割がSNSで「自分だけが損をしているのではないか」という感覚と重なるとき、若者の心は強く揺さぶられる。
それが例え、入社して一か月であってもだ。
既に、「合わないと思えばすぐ次を探す」という行動を「忍耐力の欠如」と呼ぶのは、現代を読み誤った批評にすぎない。
第二章|「放任」と「囲い込み」どちらも通用しない
新人の離職を止めようとするとき、管理職がしてしまう失敗が二つある。
一つは放任主義、もう一つは過度な関与(囲い込み)だ。
「最近の若者は干渉を嫌がる」と考えてあえて距離を置く管理職は多い。
しかし新人が嫌がるのは「干渉」ではなく「監視」と「放置」だ。
困っていても気づいてもらえない状況が続くと、新人は「自分はこの職場に必要とされていないのではないか」と感じ始めてしまう。
一方の囲い込みとは、自社に「染め上げよう」という試みだ。
合理性の無い会社の独自ルールの設定、本人の意向を無視した人事配置やジョブローテーションなどがこれに当たる。
若い彼らにとっては、「自分のキャリアを尊重していない」という明確なシグナルと成り得る。
彼らが求めているのは、「意図的だが、押し付けがましくない成長支援」だ。放任でも監視でもない、後押しとしての関与のあり方を実践できているかどうか、それが重要なのだ。
第三章|出世より「どこでも通用するゼネラリスト」
現代の若者のキャリア観を理解するには、「ゼネラリスト」という言葉の意味が変わったことに気づく必要がある。
かつての大企業でのゼネラリストとは「自社内のどこでも通用する人材」だった。しかし今の若者が目指すゼネラリストとは、「社内外、社会のどこでも通用する人材」のことだ。

パーソル総合研究所の調査では、「管理職になりたい」はわずか16.7%。
役職よりも「どこでも通用する自分」を優先した結果だ。
キャリアアップと増収は転職で実現できることを、彼らは既に知っている。
第四章|『ワン・クラブ・マン』は諦めた
ここで、一つ興味深い矛盾がある。
就活生の終身雇用志向は文系41%・理系43%程度と依然として4割を超える。
一方で、新卒1〜3年目の「いずれ辞めたい」は約7割(68.1%)に達する。
実は、これは数字の矛盾ではない。
若者は「希望」と「不安」のはざまをドリフトしているのだ。
本音では「安定した会社で終身雇用的に過ごしたい」。
しかし現実を見れば、中高年のリストラは続く。2025年は上場企業の早期・希望退職募集が1万人を超え、大手でも「黒字リストラ」が相次いだ。
さらにZ世代の68%がAIによる業務自動化に不安を感じている。
親世代や先輩がリストラされる姿を見て育った世代が、「大手に入れば安泰」と信じられるはずがない。
スポーツ界には「ワン・クラブ・マン(一つのクラブに長く在籍し続ける選手)」という言葉がある。以前は、多くのワン・クラブ・マンがクラブのレジェンドとして愛され、時にクラブの経営に関わったりもした。
しかし1990年代に選手の移籍自由度が大幅に上がり、世界的な選手市場が単一化・流動化した。
結果、各クラブが優秀な選手を求め、選手も良い報酬・条件・プレー環境を求めてクラブを移ることが、現実的に合理的な選択となった。
若者の本音は「安定したい」。しかし現実を見たとき、「どこでも通用する自分」を作っておくことが、彼らの合理的な選択なのだ。
第五章|「三面等価の法則」を社会のルールとして渡す
では、管理職は新人に何を伝えるべきか。ここで有効な概念が「三面等価の法則」だ。仕事には必ず次の三つがセットで存在する。
責任――任された職務をやり切ること
権限――分からないことを上司・先輩に相談できる権利
義務――仕事の進捗状況を報告・説明する義務
重要なのはどのような文脈で伝えるかだ。「うちの会社ではこうなっている」という伝え方をした瞬間、ポータブルスキルを重視する若者はそれを「自社都合のルール」として受け取ってしまう。
「三面等価の法則」は、どのような会社、仕事であっても、通用する原則だ。
「どんな会社に行っても、どんな業界でも、仕事を任されたら責任・権限・義務の三つが必ずついてくる。これを使いこなせる人間が、どこでも信頼される」。と言うだけで、同じ内容が「自社ルール」から「市場価値を高める武器」へと変換される。
そして、原則は何度でも伝えれば良い。「初心忘るべからず」ということだ。
第六章|「長期人材の幻想」を捨て、成長共有マインドへ
「すぐに辞められる」と「5年後・10年後に辞められる」は、まったく意味が違う。
前者は投資回収すらできないまま人材を失うことだ。採用・教育コストと残されたメンバーへの負担は想像以上に大きく、早期離職の防止には全力を尽くすべきだ。
しかし5年後・10年後の離職は別の話だ。
Z世代の「1社定着意向」は38.1%である。この現実を否定して新卒社員に「長期人材」を期待し続けることは既に幻想なのだ。
もちろん例外はある。しかし、その例外を前提に組織設計をするのは危険だ。

囲い込み、刷り込みというアプローチは現代の若者に通用しない。
むしろ、「君のポータブルスキルをここで磨こう」というスタンスを取る組織は若者から信頼される。
囲い込みではなく開放的な成長支援こそが、皮肉にも「現代のワンクラブマン」を生む可能性を高めるのだ。
終章|「裏切り」という感情を手放したとき、何が生まれるか
最後に、一つの感情について話したい。
「せっかく育ててやったのに、裏切りやがって」。
部下の離職に接して、この言葉を、心のどこかで思ったことのある管理職は少なくないはずだ。しかし、この感情こそが、若者の信頼を最も遠ざける根本原因である。
若者はこの感情を、言葉にされなくても察知する。
「育ててやった」という意識は態度ににじみ出る。会社への献身を当然視する雰囲気、個人のキャリアより組織の都合を優先する配置、暗黙の「恩返し」圧力。これらはすべて「ここは自分のことを尊重していない場所だ」というシグナルとして受け取られ、退職代行を検索するその日まで静かに積み重なっていく。
その感情を手放したとき、何が変わるか。
「育ててやった」が「会社も一緒に成長できた」に変わる。「裏切り」が「良い人材を育てる経験ができた」に変わる。
そのスタンスを若者が感じ取ったとき、初めて本当の信頼が生まれる。
信頼が生まれた組織では、不思議なことが起きるものだ。去るはずだった人間が残り、転職者が顧客として戻ってくる。
あるいは、転職者がいい口コミを広げ、優秀な人材が集まってくる。
そしてごく稀に、例外的な献身を持つ「現代のワン・クラブ・マン」が生まれる。
大事なのは、その例外を期待して全体を設計すべきではない。
これらは長い時間をかけて醸成していくもので、その組織には当たり前にあるものでなければならない。
そのためには、今すぐにでも始める必要がある。変わることを躊躇している時間は無い。
管理職の仕事は、人を縛ることではない。人が仕事をする場所、結果として成長できる場所を作ることなのだ。
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