「上司ガチャ」は多少あっても、せめて評価基準は統一してくれ


 吉野家HD会長「わたしの直部下はなかなか昇格させない」…周囲から「いい加減上げてやれ」と声が上がるまで待つ、深い意図 | ゴールドオンライン

序章|えこひいきも「逆」ひいきもゴメンだ

吉野家ホールディングス会長・河村泰貴氏は、自身の著書でこう断言した。

「過去にわたしの直部下になった人は、昇給、昇格が遅かったと思います。・・・本当にもうこの人は大丈夫だと思えるまで、具体的には、周囲の人から「もういい加減上げてやるべきじゃないですか」という声がかかるまでは、昇格させないようにしてきました。」

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表向きは「教育重視」「将来もっと稼ぐ力を身につけてもらうため」という美名だ。
しかし実態は極めて残酷である。

自分の直属部下だけに適用される特別ルール――いわば「逆ひいき」だ。
同じ成果を上げていたとしても、上司が誰かによって昇格のタイミングが大きく変わる。

これは単なる一企業の話ではない。日本企業に根深く潜む「上司ガチャ」という人事病の典型例である。


第1章|人事はそもそも属人的だから、せめて基準は統一であれ

吉野家会長は「将来もっと稼ぐ力を身につけてもらう」「教育費>直接人件費」と言及している。
それは一見すると、長期視点の美しい社員育成哲学に見える。

しかし、社員教育投資の充実が、「自分自身の直部下だけ人事評価を厳しくする」ことの正当な理由にはなり得ない。 
会社全体で人事の在り方として共通しているのであれば筋は通っている。極めて難しい人事基準が全社的に設定されている、ということだからだ。
しかし、会長の部下という一部社員だけなのであれば、それは単なる人事不公平、偏りでしかない。

人事評価は上司が行う限り、属人的にならざるを得ない。
だからこそ、その基準だけは全社的に統一しなければならない。
直属部下だけが昇格を遅らされる「逆差別」は、機会の平等を根本から損なう。


第2章|部下の人生がかかるマラソンのゴールをずらすな

会社勤めはマラソンに例えられる。
ゴールは全社員共通で42.195km先のはずだ。

それなのに、ある上司の下では41kmでゴールでき、ある上司の下では43kmを走らされる――そんなレースが成立するはずがない。

同じ仕事・同じ成果だとしても、上司が変われば昇格タイミングが変わることを知り、部下はすぐに学習する。

「この上司の下にいると損をする」と。

努力が無意味だと知れば、モチベーションは静かに崩壊する。

元記事中にある吉野家創業者の言葉、「自分しか使えないような部下を育てるな」は、全社的な人材の平等を目指したものであるはずだ。その意図とも矛盾する。
他の上司の下でも通用する人材を育てるなら、尚更人事評価は全社的に平等を目指すべきだ。


第3章|マネージャーが「人事の責任」から逃げてどうする

会長はさらにこう言う。

「わたしが『引き上げた』ような印象を持たせたくない」

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人事は経営者・マネージャーにとって最大の責任問題だ。

自信と根拠を持って「この人材は昇進に値する」と推せるからこそ、マネージャーである。
もうそろそろ・・・という「周囲の声待ち」は、自分の評価への影響を恐れる自己保身にほかならない。
人事の失敗時に備えた、「自分だけが推したわけではない」と言うための先回りの責任分散・回避に過ぎない。

仮に周囲に「子飼いの部下を引き上げた」と言われても、その後の実務での活躍で評価を覆せばよいではないか。実力で雑音を黙らせれば良いのだ。
マネージャーの役割は、人材を育てて抜擢し、その結果に責任を持つことだ。


第4章|機械的すぎるほど平等なジャック・ウェルチの20-70-10

対極の例が、元GE会長ジャック・ウェルチVitality Curve(20-70-10ルール)だ。
これは、全社・全部署で社員を毎年、必ず上位20%(A)、中間70%(B)、下位10%(C)に強制分類する。
固定割合は絶対ルールで例外なし。

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20-70-10ルール も機械的すぎるきらいはあるが、少なくともルールが全社で統一されている点で、社員の納得感は遥かに上だ。


第5章|優秀な人材ほど評価不統一なマネージャーを静かに棄てていく

優秀な人材ほど、評価が不統一な会社からは離脱する。
なぜなら彼らは自身の能力に自信があり、公平な環境下であれば成果を挙げることを疑わないからだ。

逆に不公平な評価が続けば、この場に留まる価値は無いと判断する。

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優秀であればあるほど、さっさとその場を離れる。
優秀な人材は、新天地候補にも事欠かない。人手不足が叫ばれる昨今、待遇も立場も有利な立場だ。
結果として、不公平な会社に残るのは、他で実力勝負をしても見込みを持てない社員ばかりである。


第6章|たったふたつの「本来あるべき」人事評価

本来あるべき人事評価は、たった二つに集約される。

① 全社共通・客観的基準の徹底

明文化された成果指標・行動基準・経験要件。複数評価者制とデフォルト昇格ルールで、上司の裁量を制限する。

② 経営者が自ら体現し、全社に徹底させる責任

トップ自らが率先して運用し、全社的な人事評価基準の浸透を図る。

ジャック・ウェルチは極端だったが、不統一は論外だ。
トヨタ自動車が年功要素を減らし、全社共通の成果・人間力評価を推進しているのは好例である。
結果として日本一規模の大きい39万人の社員を抱えながらも社員のモチベーションを維持し、売上・利益でも日本一を独走している。
機械的すぎず、属人的すぎず――日本企業にふさわしい現実的な中間解と言えるだろう。


終章|マネージャーがマネージャーたるべき所以は「人事」だ

モノを売るのは営業、作るのは開発・製造、金勘定は経理の仕事だ。
しかし、それらを誰に任せるか、そしてその責任を取るのはマネージャーしかいない。

マネージャーの本質的な仕事は「人事」と「責任」である。
他人の声にばかり頼るのではなく、自身の判断で人を推し、その結果に責任を持つ。

その根拠となる評価基準の設定も経営者=マネージャーの仕事だ。
全社共通基準を徹底できない企業は、現代の労働市場で生き残れない。

優秀人材が会社を選ぶ時代には、公平性こそが最大の競争力だ。
えこひいきも逆ひいきも、社会はもうゴメンだと言っている。


詳しく読む↓
上司ガチャを明言されれば社員はしんどい|吉野家人事の非公平性(2026.5.14)

他にも読む↓
善意を要求するマネジメントが「静かな退職」を増殖させる(2026.5.12)
大久保利通に学ぶリーダーの役割=「決断」と「責任」(2026.5.8)


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